心の酢物語②

戸塚醸造店の戸塚治夫社長と青苔寺米酢工場との出会いは1998年。

戸塚社長が当時銀行員で青苔寺米酢工場は得意先。

訪問するたびに米酢製造に興味が湧き出てきたとの事。

一方、青苔寺米酢工場は家内工場で代表の長谷川氏も当時70才。

高齢化していく中で体調不良もあり後継者問題にも悩んでいましたが戸塚氏が訪問するたびに長谷川氏はいつも開業当時からの苦労話の中に製造の楽しさ等を熱く語り米酢作りの心が伝ってきたとの事。

長谷川氏が突如入院。

戸塚氏は休日を利用して手伝いを始めます。

その中で戸塚氏は醸造の奥深さに益々心を奪われ転職。

2000年11月より米酢造りの指導を受ける事になります。

2003年8月30日、私(AMA Japan社社長・七林)は久しぶりに長谷川氏に会いに青苔寺米酢工場に訪問。

工場に着くと長谷川氏は工場の前の畑で農作業中。

その時に紹介を受けたのが戸塚治夫氏。

名刺交換し、肩書きが(株)青苔寺米酢工場統括責任者。

戸塚氏の印象はとても波動が良く!!長谷川氏の意志を引き継ぐ人として適任と感じました。

その波動が伝わり同時に私もメーカーのサポートをしたく決心しました。

(続く)