Ohsawa Macrobiotics④

(前回からの続き)

チコサン社はライスクラッカー(ポンセン)を全米で最初に製造・販売した会社。

その背景には、1963年に渡米した桜沢如一の弟子・八木順正が試験製造を繰り返し完成させました。

1968年に渡米した山崎和子(かずこ。現在 八木和子84歳)と共に、同志としてチコサン社を支えた尽力は隠せません。

八木夫妻はその後、個人的に味噌、梅干し等を製造・販売しました。

George Ohsawa Macrobiotic Foundation(GOMF)主宰者の、故・ヘルマン相原、コルネリア相原夫妻は桜沢如一思想を啓蒙しながら多くの著作を出版され、VEGA Macrobioticセンターを開設し、学びの場も提供しました。

彼らも又、チコサン社に多大なるサポートした同志です。

(続く)

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